Room82  

2018.9.14

悩める女たちを潤す

食へのこだわりに満ちた家

美術監督 仲前智治

『それから』『失楽園』などの脚本家としても知られる筒井ともみの短編小説を、自身が企画・脚本も手がけ映画化した『食べる女』。本作には小泉今日子をはじめ豪華女優陣が集結した。悩みを抱える女たちが夜な夜な集うのは、雑文筆家であり古書店「モチの家」の女主人でもあるトン子の一軒家。美味しい料理と楽しい宴で、女たちを迎え入れるトン子の住まいはどのようにかたちづくられたのか。美術監督の仲前智治さんに訊いた。

料理をこよなく愛する女性の暮らし方屋

主人公のトン子こと餅月敦子(小泉今日子)は、祖母の代からある古い日本家屋でひとり暮らしている。築80~90年ほどで、年代ものの家を少しずつ改築して住んでいる、という設定だ。 「西麻布に15年位まで残っていた昔ながらの街並みがあって、その一角に建っている、と原作・脚本の筒井さんはイメージされていたそうです。ただ、実際映画では街並みの雰囲気が東京の武蔵野市あたりを感じるので、住所設定は曖昧にしています」

井戸をあえて四角にしたのは「丸いとどうしても『リン
グ』の貞子を連想させてしまうからです(笑)」。

外観を撮影するロケセット探しはかなり難航したと振り返る仲前さん。というのも、原作小説では、トン子の家の玄関先には「イチイの木」があるのだが、「まずそのイチイを植えている家がないんです」。最終的には決まった場所に、木を植えることになったのだとか。 「造園部に相談してイチイの木を見せてもらったのですが、なかなかイメージに合わず、用意できるものを再提案してもらった中に『モチの木』があったんです。筒井さんから『登場人物すべてに食べ物の名前をつけたい』と伺っていたので、『モチだったらいけるじゃないか!』と(笑)」
大きなモチの木があるこの家には古書店「モチの家」が併設されている。古書店として営業はしているが、ここは雑文筆家であるトン子の、食に関する資料を集めたライブラリーでもあるのだ。 「イメージしたのは西荻窪あたりにある、旅なら旅というようにテーマを決めた小さい本屋さん。何軒か見てまわると本棚の規格が一貫してなくて、集めてきたものを使っているようでした。この古書店でも本棚はつくり付けにせず、あえてバラバラの棚を並べています」

壁一面に並ぶ本は出版社から借りたものと、装飾部スタッフが集めてきたもの。「役者さんにどこを見てもらっても構わないように、すべて食がテーマの本を並べています」。

トン子の生活の中心は、彼女の部屋。食事も仕事も寝ることも、すべてこの部屋で済ませてしまう。そのため、ものは蓄積されているのだが、決して汚らしくはない。むしろ、彼女がここで過ごした時間の長さを感じさせるようだ。そしてもうひとつ、料理をこよなく愛するトン子がこだわっている場所が台所だ。悩める女たちが集まる宴では、この台所でおいしそうな料理が次々つくられていく。 「古い家ではあるので台所は極力狭くしたいけど、芝居場はしっかりつくりたい思いがあったので、四枚綴りの建具の2つを外して、廊下部分まで台所という扱いにしました。センターには作業用のテーブルを置き、その周りを人が動き回れるようにしています」

必要なものだけをすべて詰め込んであるトン子の部屋。家具のほとんどは、両親が健在だった頃から使っているもので、古いながらも丁寧に使っている様子がうかがえる。こたつの横には愛猫シラタマのお家も。

夫と別居を決めたマチルダ(シャーロット・ケイト・フォッ
クス)が間借りする客間。「トン子は自分のスタイルを変
えない人なので、人と一緒に住むことになっても暮らしに
大きな変化はつけませんでした」

リフォーム前は間仕切りがあったであろうキッチンスペース。あえてカウンターキッチンにすることで、対面での芝居も生まれ、演者の動きの幅も広くなった。

おいしそうな料理を並べる食器はキャストに選んでもらおうと、「実際使用する量の5倍は揃えた」と仲前さん。 「うちの女房の集めてくるものを見ていたら、その世界観がいいなと思って、内緒で家から持ってきたり(笑)、フードコーディネーターさんが持ち込んでくれた食器もあります。料理が並ぶシーンでは、実際に料理をのせてみてどの食器がいいのか、監督、脚本家はじめみんなで話し合って決めました」
映画にはトン子を含め5人の女性の部屋が登場するため、そのバリエーションを考えるのには苦労したのだとか。 「それぞれの方向性はもちろん違うけど、4部屋目くらいになると何も思いつかない!みたいな(笑)。古着屋のショップ店員・あかり(広瀬アリス)の部屋では、古着屋さんに勤めている知り合いの部屋を見せてもらいました。そのご自宅にもたくさん服を持っていて、クローゼットに収まらずリビングに溢れちゃうくらいだったんです。そうやって、色々参考にしながら個性を出すようにしていきました」

求められると断れない本津あかりの部屋。二階建てのアパートにひとり暮らし。ポップな色使いも印象的。

4DKに店舗がついた一軒家。ひとり暮らしにはかなり広めの間取りだが、使っているのはトン子の部屋と増築した古書店、台所がメイン。縁側から玄関へと繋がるつづら折れの廊下があるおかげで「トン子の部屋から古書店への来客が見える形」になっている。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#114(2018年10月号 8月18日発売) 『食べる女』の美術について、美術監督 仲前さんのインタビューを掲載。
プロフィール

仲前智治

nakamae toshiharu
岡山県生まれ。おもな作品に『偶然にも最悪な少年(03/グ・スーヨン)、『スクラップヘブン』(05/李相日)、『フィッシュストーリー』(09/中村義洋)、『ハードロマンチッカー』(11/グ・スーヨン)、『日々ロック』(14/入江悠)、『お父さんと伊藤さん』(16/タナダユキ)など。また、『パビリオン山椒魚』(06)、『パンドラの匣』(09)、『ローリング』(15)、『南瓜とマヨネーズ』(17)と、冨永昌敬監督作に数多く参加している。公開待機作に『夜明け』(広瀬奈々子)がある。
ムービー

『食べる女』

監督/生野慈朗 原作・脚本/筒井ともみ 出演/小泉今日子 沢尻エリカ 前田敦子 広瀬アリス 山田優 壇蜜 シャーロット・ケイト・フォックス 鈴木京香 配給/東映 (18/日本/104min) 雑文筆家であり、古びた日本家屋の古書店の女主人でもあるトン子こと餅月敦子。料理を愛する彼女のもとには、夜な夜な悩める女たちが集まってくる。年齢、職業、価値観もバラバラな女たちを、トン子は今夜もおいしい料理で迎え入れる。9/21~全国公開 (C)2018「食べる女」倶楽部
『食べる女』公式HP
https://www.toei.co.jp/movie/details/1211357_951.html
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