Room77  

2018.4.23

人も虫も動物も自由に入れる

モリの庭と夫婦の古民家

美術監督 安宅紀史

『南極料理人』『横道世之介』の沖田修一による、オリジナル脚本・監督作『モリのいる場所』。1977年に97歳でなくなった画家・熊谷守一。その晩年の、妻・秀子とのある夏の日を描いた本作は、主演に山﨑努、樹木希林を迎え、ふたりの心豊かな暮らしをユーモラスに綴っている。築40年以上の日本家屋に、緑溢れる庭――、沖田作品に数多く参加してきた美術監督の安宅紀史さんが表現した“熊谷守一の世界”とは?

画家・熊谷守一の生活に寄り添う、小宇宙のような庭

豊島区千草にある豊島区立 熊谷守一美術館(URL:http://kumagai-morikazu.jp)はもともと画家・熊谷守一さんの旧居。映画に登場する主人公・モリの家も、豊島区に建つという設定だ。実際に撮影をしたロケセットは、神奈川県の葉山にある平屋の古民家だった。決め手となったのは、大切に使われている古い日本家屋、そして、モリが日がな一日眺めていられる広い庭がつくれること。特に、この作品のもうひとりの主人公ともいえるほど印象深い庭は、モリを演じる山﨑努が「撮影後、思い出しながら自分で庭の絵を描きましたよ。そのくらいあの庭はチャーミングでした」と振り返るほどだ。

芝居の分量を考えると一軒分の庭では面積が狭いため、
隣接した家にもお願いして、ふたつの庭をくっつけて
「モリの庭」をつくったのだとか。「おかげで、空間
に広がりと奥行きを出すことができました」。

「沖田修一監督曰く、『ここが宇宙である』という場所。それは他人が見るとこじんまりしているけれど、そこにひとつの〈世界〉があるような空間だと思うんです。植物や虫がお好きだった守一さん。その生活に寄り添うように、のびのびと自然を育む庭を、という思いでつくりました」

キャメラマンの月永雄太さんが何日もこのロケセットに泊まり込んで撮影した虫や動物。「猫や花や蟻など、守一さんの絵のモチーフになっているものをなるべく多く撮影しようと。かなり膨大な量の画を撮られていたと思います」。

『モリのいる場所』は熊谷夫婦のある一日の物語のため、撮影中は庭の植物をある程度同じ状態に保たなければならなかった。「生き物である植物を、常にのびのびとした状態に保つのはかなり大変だった」と安宅さんは振り返る。
「撮影がちょうど6月ごろで、梅雨の時期。台風が来ちゃうと一気に倒れてしまうこともあります。美術スタッフはみんな苦労したと思います。撮影部や照明部さんにも、なるべく庭を現状維持してもらえるようにとお願いしていました。みなさんのおかげで良い状態が保てたのだと思います」
庭にはモリが散策する小道が小さな迷路のように張りめぐらされている。「もとの庭の雰囲気が良かったのでそれを生かしながら、小道は植物を刈るだけでなく、長年歩いてきた感じも出しています」。
家の中のデザインを考えるにあたって参考にしたのは、写真家・藤森武氏の写真集。「写真に映る雰囲気を再現したい」という思いで取り掛かったという。 「ポイントは『どこからでも人が入って来られる風通しのいい状態』。居間にしている二間の和室には、どちらも押入れがあったのですが、持ち主の方にお願いして、押入れの壁を抜かせてもらい、台所や廊下と行き来できるように板間に変えました。家の中に“動線の自由度”をつくって、ぐるぐる回れるような間取りにしたかったんです」
古いものも大事に使っている熊谷夫婦。昭和49年という時代設定に合わせた電子レンジやテレビといった、当時としては新しい家電も無理なく部屋に馴染んでいて、ふたりの生活感も感じ取れる。 

元はカーペット敷きだった床を剥がして板間にした縁側。鳥かごがたくさん並ぶ、 日当たりのいいこの縁側から眺める庭は、実に気持ちが良さそう。

「毎日きちんとご飯を食べている感じ」を出したかったという台所。「ロケセットの台所がもともと素敵だったので、ここを長年直しながら大事に使っている雰囲気が出るようにと思っていました」。
「親しみやすさ」を意識した生活空間とは対照的に、モリが「学校」と読んでいる画室には、どこか静寂が漂っている。 「実際の画室のお写真を拝見したとき、意外と守一さんご自身は自分に厳しいところもあった方なんじゃないかなと。画室は、そういった厳しさとか、孤独を感じ取れる空間になったらと。守一さんの作品を拝見すると、普通の人が見ない、すごく細かいところを見ているように感じたので、そういったニュアンスも出せたらいいなと思っていました」
守一が「学校」と呼ぶ画室。藤森武氏の写真にあったイメージに近づけるために、近隣の別の家の一室を借りてつくりこんだ。「壁を足したり、床を変えたり、少し加工させていただいてつくりました」
居間として使っている二間の和室に、モリが「学校」と呼ぶ画室、客間がある。初めての来客は、まず客間に通され、馴染みのお客は夫婦のプライベートスペースの居間でゆったりとくつろぐ。
映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#112(2018年6月号 4月18日発売) 『モリのいる場所』の美術について、美術監督 安宅さんのインタビューを掲載。
プロフィール

安宅紀史

ataka norifumi
71年石川県生まれ。99年『月光の囁き』で美術監督デビュー。『南極料理人』(09)、『キツツキと雨』(12)、『横道世之介』(13)、『モヒカン故郷に帰る』(16)と沖田修一監督作には多数参加。近作に『PARKS パークス』『美しい星』『散歩する侵略者』(すべて17)、『羊の木』(18)がある。『オー・ルーシー!』は4/28公開。
ムービー

『モリのいる場所』

監督・脚本/沖田修一 出演/山崎努 樹木希林 加瀬亮 吉村界人 光石研 配給/日活 (18/日本/99min) 庭の草木や虫たちを日がな一日眺め続ける老人――画家・熊谷守一(愛称、モリ)は30年間ほとんど自宅の外に出ることはなく、庭の小さな生命を描いている。昼間には、訪問客が次々やってきては茶の間を賑わし、妻・秀子はそのお客さんの相手をする。50年以上共に過ごして来た夫婦の、夏のある一日の物語。5/19〜シネスイッチ銀座、ユーロスペース、シネ・リーブル池袋、イオンシネマほか全国公開 ©2018「モリのいる場所」製作委員会
『モリのいる場所』公式HP
http://mori-movie.com
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