Room71  

2017.10.17

大阪の川沿いに建つ

十和子と陣治のマンション

美術監督 今村力

沼田まほかるのベストセラーを、『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』の白石和彌がメガホンをとり映画化した『彼女がその名を知らない鳥たち』。美術監督を務めるのは、『ロストパラダイス・イン・トーキョー』から、白石作品を支え続ける美術監督の今村力さん。昔の恋人が忘れられない十和子(蒼井優)、そんな彼女に異常なほど献身的な愛を捧げる陣治(阿部サダヲ)。重なり合わないふたりの暮らしはどのように形づくられたのだろうか。

記憶にあるものを大切にとっておく

十和子と陣治が暮らすマンションは、大阪府城東区の第二寝屋川に面した場所に建つ。原作を読んだとき、「この映画はセットではなく、すべてロケーションで撮影できるところを見つけていくのが正しい選択だ」と感じた美術監督の今村力さんは、ロケハンを重ねた上で、この場所を選んだ。目の前には川が流れ、窓からは団地や大きなマンション、工場が見える、独特の雰囲気が漂う場所だ。
「いくつか候補があったのですが、このロケセットにした決め手は十和子と陣治の部屋がリビングを介して並列に振り分けられていたこと。またリビングには窓があって外光が入り、陣治の部屋には光が入らないのもポイントでした。私がセットでプランニングしてしまえば部屋の配置も自由に出来ますが、条件を満たすロケセットを見つけるには、かなり苦労しました」

ダイニングの机や椅子をはじめ、家具はIKEAのもの。「昔の男と別れたのが8年前、その3年後に陣治と出会って付き合いはじめ、一緒に暮らすようになる。(原作は2012年に発行で)ちょうど5年くらい前に、大阪にIKEA鶴浜ができたんです。そういう“空気のリアルさ”も入れていきました」

リビングは共用スペースだが、テレビ、ソファのあたりは十和子の居場所。そう感じられるように彼女の部屋と同じトーンで飾った。
「陣治が十和子のために、退職金を頭金にして買った築30年のマンション。ここでの暮らしを考えるにあたり、今村さんが台本以上に読み込んだという原作本には多くの付箋とメモ書きが残されている。 「原作の通りにして本当にいいのか、台本に書いてあることに従うのがいいのか、そこを読みきって私なりの解釈をして表現していくのが“リアル”なのだと考えています。十和子の部屋は、原作を読むとかなり荒れた部屋だと分かるのですが、十和子は決して汚しているわけでなく、片付けられない。だけども、自分の記憶の中にあるものは大事にとっておきたい。そういう女性なんです。部屋の文庫本は一冊ずつカバーをかけて、背表紙にタイトルを書き直したり、リビングにはレンタルビデオのレシートを作品のリストのようにして大事にとってあったり。そういった飾りを施して表現しました」

ソファの後ろの棚に、丁寧に重ねて置いてあるレシートは、十和子が借りたレンタルビデオ店のもの。

一冊ずつ丁寧にブックカバーをつけて並べてある文庫本。
十和子が少女時代に読んだであろう美しい言葉の数々を
並べたくて、長野まゆみ氏と銀色夏生氏の本だけに絞っ
たと言う。

一方、陣治の部屋。ものは多く散らばっているけれども、「ここは『密度のある空虚』だと解釈した」と、今村さんは明かす。 「その空間をどうつくるか。外光は入らない部屋で、ベッド脇の明かりだけを付けっ放しにして、部屋のディテールははっきり見えることはない。そういう計算でいってみようと考えました」 薄暗く、劇中では何が置いてあるのか分からないほどだが、その飾りにもキャラクターの背景が表現されている。
十和子が陣治の部屋に忍び込んで引き出しをひっくり返すシーン。「その引き出しの中は完璧だった。阿部さんには学生証を持ってきてとお願いして、中に入れておいたんです。だけど、暗くてよくわからなかったですね(笑)」
「陣治は和歌山県出身で、都というと大阪という憧れがある。ものを片付けられないグズな男性として描かれているけど、それは後天的な問題で、元はそうでなかったはずです。もともと貧しかったからものを溜め込んでしまうといった部分。そして、建築士としての力があって、理数に強い人だったはずなので、自分の輝かしかった時代、楽しかった頃の残骸や記憶。そういった要素を入れていきました」 「映らない部分までもつくりこむのは、それがお芝居の“素材”になるから」と今村さん。

一緒に暮らせることで気持ちが浮き立つ陣治は、十和子を喜ばせようとIKEAの家具を買い与えるが、自分の部屋はカラーボックスや衣装ケースのみ。「そういうところでも、陣治の十和子を想う気持ちが表せたらと思いました」

「役者だって、最初は『どうなるんだろう?』と分からないままスタートするわけです。そして、撮影していく中で成長したり、あるいは削いだりしていく。そのための材料を僕らは美術を通して提供する。実は役者さんの仕事の7割は“待つこと”だったりするのですが、お芝居に丁寧な方は、控え室には入らず、現場でセットの様子を見ていることもあります。阿部さんもそうですね。部屋の中をずっと見ていらっしゃいましたよ。現場からインプットされたものも、きっとあっただろうと思います」
映画に登場するこのマンションの設定は2LDK。空いている一室は撮影時スタッフの部屋として利用した。十和子と陣治の部屋を隔てているのは襖のみ。そこは「決して開けてはならない」という設定にして、十和子の部屋には衣装箱などを積み上げている。
映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#110(2017年12月号 10月18日発売) 『彼女がその名を知らない鳥たち』の美術について、今村さんのインタビューを掲載。
プロフィール

今村力

imamura tsutomu
43年横浜市生まれ。早稲田大学文学部卒。64年松竹入社、『霧の旗』(山田洋次)で映画界入り。67年東映へ移り、多数のプログラムピクチャーに従事。代表作に、『野獣死すべし』『誘拐報道』『里見八犬伝』『愛情物語』『夜叉』『Aサインデイズ』『キッチン』『いつかギラギラする日』『月はどっちに出ている』『共犯者』『クイール』『隣人13号』『映画監督ってなんだ‼』『人間失格』『源氏物語~千年の謎~』『超能力研究部の3人』など。『孤狼の血』は18年春公開。
ムービー

『彼女がその名を知らない鳥たち 』

監督/白石和彌 原作/沼田まほかる 出演/蒼井優 阿部サダヲ 松坂桃李 / 竹野内豊 配給/クロックワークス (17/日本/123分) 不潔で下品な陣治(阿部)に嫌悪感を抱きながらも、彼の稼ぎに頼り怠惰な生活を続ける十和子(蒼井)は、昔の恋人・黒崎(竹野内)に面影の似た妻子持ちの男・水島(松坂)と出会い、情事に溺れていく。そんな中、刑事に黒崎が行方不明だと告げられ……。10/28〜新宿バルト9ほか全国公開 ©2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会
『彼女がその名を知らない鳥たち 』公式HP
https://twitter.com/kanotori_movie
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