Room30  

2014.6.6

心の変化を反響させた色づかい

海の中にいるような、ふたりだけの特別な空間

美術監督 安宅紀史

桜庭一樹の衝撃的な原作を、熊切和嘉監督によって映画化した『私の男』。幼くして孤児となった少女・花(二階堂ふみ)と、彼女を娘として迎え入れた淳悟(浅野忠信)。孤独だったふたりは、冬には流氷が来る北海道・紋別のアパートで、身を寄せ合いひっそりと暮らしていた。やがて特別な関係へと変わっていく中で生まれた、凝縮された小さな幸せのかたち。美術監督の安宅紀史さんはそれを部屋の中にどのように表現していったのだろうか?

質素な生活の中にある“幸せ”を細部に表現

花と淳悟が暮らす宿舎は、北海道紋別市にある小さな市営住宅を借りてつくられた。高台にあり、段々畑の様に連なる住宅の中のひとつで、部屋の窓からは流氷の流れる海が臨める。 だれにも言えない関係になっていくふたりの部屋、そのイメージは「海の中」だったという安宅さん。ほぼ塗り替えたブルーの壁、カーテンなどのファブリックにも、緑などの寒色系の色を採用。 「ふたりの生活には外からの情報があまり入ってこないので、あえて時代のわかるものを置くのは避けて、インテリアは全体的に古い雰囲気のものをそろえました。花がお金をかけずにあるもので工夫しながら、徐々に部屋の飾りつけをしたと感じられるように。彼女が想像する疑似家庭の空気が出ていればいいなと思います。
寝室は、最初は布団のイメージだったのですが、狭いところでふたりが寝ていると感じとれるように、パイプベッドに変更しました」。難しかったのは「生活感をだしつつ、観客の皆さんが『この部屋いいな』って思えるニュアンスを出す」こと。「見様によってはおしゃれに見えるようにしたかったので、ものの置き方や組み合わせにはかなり時間をかけました。ちょっとした部分で、見え方は変わってしまいますから。きっと家具をこだわって選ぶような人たちではないので、最初からここにあるという設定にすれば成立すると思い、リビングに大きなつくり付けの棚をつくっています」。

缶詰などの保存食、買い置きも多いキッチンの棚。海上保安庁で働く淳悟は「海に出るとなかなか戻って来られないが、家にいるときは料理を好んでやっている」というキャラクターを意識してそろえたもの。

本棚にはふたりの本をランダムに並べた。文学青年ではない淳悟の本は推理小説やノベルズ。花の本は簡単に手に入る文庫本などを置いている。

ある事件をきっかけに、北海道・紋別から東京へ引っ越すふたり。引っ越し先は、住宅街の閉鎖的な路地の奥にあるひっそりとした平屋だ。「玄関や窓の外に壁を立てて、光が入らないようにし、壁は紋別とはまた違う系統のブルーを使って、かなり汚しをかけました。キッチンの床も張り替えています。同じ海の中といっても、より海底に近い、深海のイメージ。変わらず近くにいるのに、その関係は少しずつくすんで、崩れてきている。紋別での生活との対比を出したかったんです」。

1LDKの広さの中で、あえてベッドルームはひとつに。芝居上必要だった洗面台は、壁を作り付けて設置し、もともとはなかった浴槽も入れて、リアルな生活の場を再現した。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#89(2014年8月号 6月18日発売)
『私の男』の美術について、安宅さんのインタビューを掲載。
プロフィール

安宅紀史

ataka norifumi
71年石川県生まれ。99年『月光の囁き』で美術監督デビュー。木村威夫氏に師事し、『ピストルオペラ』(01)、『父と暮らせば』(04)に美術助手として参加。代表作に、『ノルウェイの森』(10)、『マイ・バック・ページ』(11)、『横道世之介』(13)など。公開待機作に『紙の月』『福福荘の福ちゃん』がある。
ムービー

『私の男』

監督/熊切和嘉 出演/浅野忠信 二階堂ふみ 高良健吾 藤竜也 ほか 配給/日活 (13/日本/129min) 天災によって家族を失った10歳の花は、遠い親戚と名乗る淳悟に引き取られる。数年が経ち、流氷のきしむ音が聞こえる紋別の田舎町で、父と娘としてひっそりと寄り添うように暮らしていたふたりだったが、その関係はいつしか禁断の愛へと変わっていくのだった。6/14~全国公開 ©2014「私の男」製作委員会
『私の男』公式HP
https://twitter.com/watashinootoko
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